司書が平和を願うということ…巡回展「無言館遺された絵画展」に寄せて
たまには図書館以外の話題から話を起こしていくことにする。絵画鑑賞がとても好きな管理人は、連休の3月20日に標記の展覧会を観に東京ステーションギャラリーを訪ねた。無言館…戦没画学生慰霊美術館無言館というのだが…は、窪島誠一郎氏が館主となって、第2次世界大戦のために命を落とした画学生たちの絵を収集する美術館で、長野県上田市にある。その無言館の巡回展のスタートが3月21日まで東京ステーションギャラリーで行われていたこの展覧会なのである。
展覧会は、東京美術学校(現東京芸術大学)などの美術学校でしっかり学んだ人や独学で絵を学んだ人など様々なキャリアを持つ画学生たちの絵が掲げられて、そこに、本人の言葉や家族などの方々の一言が添えられる形で構成されていた。例えば、日高安典さんの自画像の脇には「小生は生きて帰らなければなりません。絵をかくために…」という言葉が添えられていた。また、若干だが関連する遺品(絵の道具や、書簡、戦死公報等)も出展されていた。戦争のためにいやもおうもなく人生をおしまいにさせられたかつての画学生たち、そしてその画学生たちにゆかりのある方々の想いがひしひしと伝わってくる展覧会であった。痛ましい、という言葉も安っぽく聞こえるかもしれない。多くのブログが語るように、その場所に集まった方々は食い入るように展示されていた絵等を観ていらした。
ギャラリーに掲げられていた様々な絵に突き動かされて、管理人は上田行きを決めた。翌日、長野新幹線に飛び乗り、上田へ。上田で私鉄の上田交通別所線に乗り換え、塩田町という無人駅で降りる。2・3時間というところか。そこから無言館へはまだ2キロ以上ある。シャトルバスもあることはあるが本数が少ないので、ハイキングがてら歩くことにした。これから行かれる方は、こちらにシャトルバスの時刻表があるので、よく調べてから行かれると良い。
目的地である無言館は、小高い丘の上に建つ教会のような建物である。遠景に望む信州の山々がとてもすがすがしい。扉を押して中へ入ると、東京では出会えなかった絵が出迎えてくれた。これは管理人の感覚に過ぎないが、展示スペースは鉄道の車両一両分より少し広いぐらいでしかない。しかし、この美術館には、全国の戦没画学生のご遺族から寄託された作品が600点以上あり、スペースの関係でまだ展示されないものがたくさんあるのだという。また、どの絵も傷みが激しいのだという。保存に携わっておられる美術館スタッフのご尽力に敬意を表した次第である。
その学生さんたちが描いた絵や遺品、ご遺族の思いを収集し、展示する場を設けていることで、この美術館「無言館」は、「第二次世界大戦とは何であったか」の記録を残す役割をしっかりと果たしているのだといえよう。そして、これは、社会の中で情報や書物を扱う組織である私たち図書館にも相通じる部分があるのだと、管理人は考える。
また、図書館に関わる者が平和について考える時に、忘れてはならないことがもう一つあるのだと、管理人は考えている。5年ほど前、2000年にIFLA(国際図書館連盟)の年次大会がエルサレムで行われた際、基調講演にたった現地の政治学者が次のような言葉を述べていたことを思い出す。
- 平和を築く事はとても難しい事。そして戦乱の中で--例えばユーゴスラビア紛争の際のコソボのように--図書館システムは壊れてしまう事。
- 人々は皆、自らの文化的遺産にアクセスする権利を持っていること。 「新技術」の時代でもそのことは変わらないこと。この状況の中で、知識を扱う労働者である図書館司書の役割が大切になっていること。
- イスラエルという、いまでも非常に難しい状況の国の中で、お互いの立場で受け入れ可能な考え方を探っていくべきこと。そのためには、 相互に語り合うことが重要なこと。人々の良識が大切なこと。いまにもまして知的な取り組みを進めていくことが重要なこと。
管理人は、実際の仕事の中で昭和20年刊行の資料の探索が困難を極める状況に何度となくぶつかっているので、この言葉の持つ意味をしっかりかみ締めた次第である。戦争というものは、社会の記憶の装置たる図書館そのものを破壊してしまうのである。
今年は戦後60年という節目の年になる。あの戦争はいったいなんであったのか、私たちはそこから何を汲み取らなければならないのか、そのような問いを自らに突きつけなければ、そのように再確認させていただいた今回の上田行きであった。
参考文献
窪島 誠一郎 『「無言館」への旅―戦没画学生巡礼記』
東京 白水社, 2002
高橋隆一郎「エルサレムレポート:IFLA第66回大会参加報告(Aさんへの手紙:地球各地発、一図書館司書からの報告 第2信)」http://homepage3.nifty.com/musubime/takahasi/note2.htm
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