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2005.10.23

もう一度「中小レポート」を読む

 図書館が曲がり角に来ている今、私たちにできることの一つに、図書館の取り組みに関する古典的な資料を読み直してそれを現代の文脈のなかで捉え直すということがあろう。今回は初版が1963年に出版された『中小都市における公共図書館の運営』(略称「「中小レポート」」)を取り上げる。

 それでは、例により、書誌事項の紹介から始める。

中小都市における公共図書館の運営. -- 復刻版.
[東京] : 日本図書館協会, 1973.3
217p ; 21cm
ISBN: 4820473018
別タイトル: 中小都市における公共図書館の運営 : 中小公共図書館運営基準委員会報告
目次:
0 はしがき
1 序論(中小公共図書館の機能/中小公共図書館の歴史/中小公共図書館の現状)
2 図書館奉仕(はじめに/奉仕計画/館外奉仕/館内奉仕/相談(レファレンス)/集会・行事/児童・青少年に対する図書館奉仕)
3 図書館資料とその整理(はじめに/収集と選択/不要払い出し、き損、亡失/図書の整理/新聞雑誌の整理/パンフレットの整理)
4 管理(はじめに/管理の問題点/図書館職員/館長/組織/財政/広報/統計/法規)
5 図書館の施設(図書館の位置/図書館の建物/ブックモビル/図書館設置と相互協力)
6 図書館設置と図書館協力(図書館設置/図書館協力)
付録

 思うに、この本は発表後40年以上経た今でも輝きを失ってはいない。私がそう考えているいくつかのポイントを述べてみよう。まず、レファレンスについての記述を下記に引用する。

市民は、毎日の生活の中で色々な疑問をもつ。そうしてその解決は、あるときには仲間や知人や先輩に、あるときには専門家や一定の期間(新聞社や相談所)に求めているのである。今日のように複雑な世の中になってくると、社会に対する情報の必要性は高まっているのである。
このようなときに、図書館が正確な情報、あるいは正しい判断を売るための基礎的資料を提供するならば、図書館の真価は大いに上がるであろうことはたしかである。…だから市民の日常生活に直結し、市民の必要なインフォメーションセンターとして活動する機関でもあることをしっかり認識してもらうことは、今の図書館にとって大切な活動の方向なのである。(p.101)

 地域でそれぞれ人は生業を営む。そして法律など色々な問題にぶつかり悩みながら生きていく。ビジネス支援を重要視する方々が「中小レポート」をよりどころとするのを見受ける(例えば「山中湖情報創造館ブログ 」に紹介されていた松本功氏の発言)が、地域住民の日常の生業を真摯に支えていくという視点からは大賛成である。このサービスは、時流だから着手する、などというものであってはならない。本書でも別の場所で、地域産業構造などをしっかり分析した上でサービス計画を進める必要性が述べられているが(pp.71-73)、まさにそのとおりである。かつて農村だった鶴川(現町田市)で私立図書館を開設して地元の農民と共に活動を展開した浪江虔さんなど、先人の活動に学ぶべきところも多いであろう。

 また、本書ではサービス面だけでなく資料収集面等についても分析・提言がなされている。図書館業務に関わる職員が活き活きと仕事ができるような体制の重要性や図書館業務を統括する館長の重要性も然りである。

 40年以上前に本書で指摘されている市民生活に対する情報の重要性は、インターネットが急速に発達した今日ではさらに増している。このレポートの底辺に流れている思想が何であるのかをしっかり踏まえておけば、今後の私たちの取り組みも確たるものになるのではないだろうか。図書館が曲がり角に来ている今、皆さんも是非もう一度一度本書を手にとっていただきたい。

参考文献
図書館そして民主主義 : 浪江虔論文集 / 浪江虔著 ; まちだ自治研究センター編.--
東京 : ドメス出版, 1996.10
250p, 図版[2]p ; 20cm
注記: 浪江虔図書館関係主要論文一覧: p246-250 ; 著者の肖像あり
ISBN: 4810704440

2005.10.09

[資料紹介]ジョナサン・コゾルの2冊の本 

 色々とドタバタしていた間に、おかげさまでカウンターが3万を超えていました。振り返ってみると、このサイトを開設してからそろそろ1年が経とうとしています。当サイトをお訪ねくださいました皆様に御礼申し上げますとともに、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 この1年、色々なことがありましたが、中でも戦慄を味合わされたものは様々な災害です。新潟の地震、スマトラ等の津波、そして8月に発生した合衆国南部のハリケーン「カトリーナ」等による水害。何よりもまず、犠牲になった方々に哀悼の意を表します。

 考えるに、ある意味では、災害が襲い掛かることにより、それぞれの社会の有様が抉り出されたということが言えるのかもしれません。「カトリーナ」がもたらした傷はまだ癒えてはいないようですが、「人種差別」が深くこの災害には関わっているのではないかとの疑念を持つ人々のことが様々な形で伝えられてきました。そのことをも含めて、日本のブログなどでも多くの方がこの災害のことを取り上げておられます。少しだけタイトルを挙げてみましょう。


「カトリーナのもたらした災禍」(『内田樹の研究室』)
「正直なところ、イラクにいたほうがいい。」(『ブログ加藤眞三 医療の維新をより良い方向に』) 
「カトリーナ被害からブッシュ叩きの世相について」(『極東ブログ』) 
「ハリケーン(カトリーナ)は天災か1?」(『コラムの王様』)
「ハリケーン・カトリーナ」(『Wikipedia』)

 ここまで書きながら、アメリカの作家ジョナサン・コゾル氏の著作2冊を思い出し、棚から取り出してみました。一冊は『非識字社会アメリカ』、もう一冊は『アメリカの人種隔離の現在』。今回はこの2冊を取り上げます。

 その前に、コゾル氏について少し述べておきましょう。コゾル氏はボス トンに生まれ、1958年にハーバード大学を卒業しました。1964年よりボストンのサウスエンド地区--観光案内な どでは、治安の観点から「オモシロ半分で近づかないこと」等と記されています--に住んで黒人教育に携われてこら れました。御自身が赴任したボストン公立学校で黒人への差別教育が公然とまかり通っている現状に直面し、 『死を急ぐ幼き魂』(1968年早川書房刊)という本を「告発の書」として発表します。その他にも、たとえば、『自分の学校をつくろう』( 1987年晶文社刊。貧困が理由で学校に通うことが出来ない子 どのためのフリースクールを立ち上げたことに基づいたレポート)や 『先生とは』(1986年晶文社刊。教えるこ との根源と教師の役割とを問い直したもの)等の著作を発表し続けています。

 それでは、1冊目の『非識字社会アメリカ』からご紹介しましょう。まずは書誌事項からご覧下さい。


非識字社会アメリカ / ジョナサン・コゾル著 ; 脇浜義明訳. --
東京 : 明石書店, 1997.4
434p ; 20cm. -- (世界人権問題叢書 ; 16)
ISBN: 4750309184
目次:第1部 目に見えないマイノリティ―読み書き不能のアメリカの危機増大(こんな字が読めないのか、は国民の三分の一 言い逃れと数字ゲーム ほか) / 第2部 読み書きのできないアメリカを動かすために(無力感という神話―何をなすべきか 火種起こし―読み書きのできないアメリカを立ち上がらせる計画 ほか) / 第3部 実用を越えて(テクノロジー憑依 大学の責務 ほか)

 この資料は、合衆国内の非識字問題の存在を指摘し、教育・行政等での緊急の取り組みの必要性を 訴えたものです。本書執筆時(原書"Illiterate America"は1985年発表)の著者の経験として、「文章が読めない」ということでその人々が社会の中で幸せに生活することが不可能となり、ひいてはその人々が民主主義社会の崩壊を招くということが余すところなく描かれています。

 続いて、2冊目の『アメリカの人種隔離の現在』をご紹介します。


アメリカの人種隔離の現在(いま) : ニューヨーク・ブロンクスの子どもたち
/ ジョナサン・コゾル著 ; 脇浜義明訳. --
東京 : 明石書店, 1999.8
379p ; 20cm. -- (世界人権問題叢書 ; 32)
原題:"Amazing grace : the lives of children and the conscience of a nation"(1995年刊行)
目次:第1章 南ブロンクス、夏 / 第2章 閉ざされた生活 / 第3章 絶望の中のクリスマス
第4章 だれが子どもを殺すのか / 第5章 ゲットーの学校、ゲットーの病院
第6章 イエスは泣かれた―アメイジング・グレイス

 この資料は、ニューヨーク、 南ブロンクス地区--ニューヨーク最貧困地区--からのレポートです。病院や警察など地域を支える行政サービスが市当局の予算削減によって悪化し、その地域の住民が「暮らしにくさ」に直面している状況が描き出されています。例えば、著者は、市の財政削減で建物の点検担当の行政職員が削減され、危険な地区を避けてもいいという労働規約をたてに壊れたエレベーターを点検しなかったことが、ある黒人少年の死を招いたのではないかという一女性の話を紹介し、この女性の「新聞が市の予算削減を書くとき、焼死した子どもや事故死した子どもの写真もいっしょに載せればいい」等のコメントも紹介しています。 また、著者は、正規の免許状をもたない教員が多数をしめる学校の存在や、生活環境の悪さが原因で心身の病をかかえている子どもたちの多さ、学校の建物自体の環境汚染問題も指摘しています。ちなみに原題"Amazing Grace"は、讃美歌第2編 167番「我をも救いし」の英語版タイトルで「驚くべき恩寵」の意味です。Judy Collinsの歌でご存知の方も多いことでしょう。

 この2冊のコゾル氏の本にこめられた、人々が幸せに生きるには問題を多く含んでいる社会へに向けられた怒りから、私たちも汲み取らなければならないものが数多くあるのだと思います。ただ、この記事を書いている途中に見つけたウェブページ「『カトリーナ』被災者救援でネットが活躍」(Wired News, 2005年9月1日)には救われる想いがしました。人間にとっての情報の重要性、インターネットの持つパワー、そして危急の際に立ち上がった方々の思いを再確認させていただきました。

 最後にもう一言書いておきたいことがあります。それは、自然災害は対岸のものではないのだということです。東京でも9月4日晩の豪雨災害…「想定外」の降水量…により23区に被害がもたらされ、練馬区立南大泉図書館がいまだに予約受け取り窓口以外の業務を再開できない状態であることはご存知のとおりです。

    http://www.lib.nerima.tokyo.jp/library/minami.html

 災害、それはいつ襲ってくるかわからないものです。襲われたとき、どうするのか。いや、「襲われたとき」では間に合わないのであり、普段の社会の中でどのような営みをしていくのかを考えること。その中で、私たちの生活にとって情報の持つ役割、そして図書館の持つ役割は何なのかを振り返り、行動していくこと。それらのことを私たちは努々忘れてはならないのではないでしょうか。

(追記)
 アップする直前、次の"American Libraries"(アメリカ図書館協会機関誌)掲載記事に接した。ニューオーリンズ公共図書館職員のレイオフにより、同図書館の活動が停止したという記事である。ロイターが10月5日に、ニューオーリンズ市が職員のレイオフを発表したことを伝えていたが(「米ニューオーリンズ、財政難で市職員3000人をレイオフへ」)、図書館にもその影響が現れたということである。

"New Orleans Public Library Services Terminated." American Library Association. 2005.
http://www.ala.org/ala/alonline/currentnews/newsarchive/2005abc/october2005ab/nopllayoff.htm (Accessed 09 Oct, 2005)

2005.10.05

第9回東京の図書館を考える交流集会のお知らせ

      「民営化」がもたらすもの--第9回東京の図書館を考える交流集会

 東京23区では窓口業務委託がすすみ、大勢になろうとしています。そのうえに、「丸投げ」ともいえる指定管理者制度の導入に踏み切ろうとする区も出てきました。
 多摩地区でも、早くから指定管理者制度の準備をすすめている市もあり、東京に指定管理者の図書館が出てくるのは時間の問題です。大阪・松原市民図書館の西村館長に、民営化で図書館がどうなるのか、話していただきます。また、今東京で起きていることについて、午後に各地から問題提起をしてもらいます。これらを踏まえて、論議をします。
 図書館をよくしたいと思うみなさん、ぜひ、この集まりにご参加ください。


1.日時 2005年11月26日(土)   午前10時20分~午後4時(開場10時)
2.会場 図書館協会ホール 茅場町下車徒歩5分(地下鉄東西線・日比谷線)
3.プログラム
    【午前の部】講演  10:20~12:00
      「指定管理者制度は、図書館に何をもたらすのか!」
     講師 西村一夫氏(大阪・松原市民図書館長)
    【午後の部】問題提起と論議 13:00~16:00
4.参加費 ¥500(資料代含む)
5.その他
    手話・点字を希望する方はご連絡ください

             主催:東京の図書館をもっとよくする会
             連絡先 佐々木03(3975)0303、池沢042(765)3382

2005.10.02

[資料紹介]柳田邦男『人間の事実』

 DORAさんのブログ『DORAの図書館日報』にもし、突然の宣告があったらという記事が寄せられていた。「もし、家族とか親族が不治の病と宣告されたら・・・家族として、司書として、その立場に立たされたらどういう事をすればいいのか」との真摯な問いかけであった。当サイトでもかつて「賢い患者術」等の記事を書いているが、そのような時に、闘病記へのアクセスツールがあれば、などと考え、今回標記の資料を紹介してみたい。

人間の事実 / 柳田邦男著
東京 : 文藝春秋, 1997.2
596p ; 20cm
注記: 『同時代ノンフィクション選集(全12巻)』の解説に大幅に加筆、単行本化したもの
書名索引及び著者名索引: p569-596
ISBN: 4163523308

 上記資料で柳田氏は闘病記のほか、政治、社会、科学技術など多方面にわたるノンフィクションについて12の章に分けて概観しているが、その第1章「自分の死を創る時代」、つまり闘病記の章には、ガンになった医師の闘病記も加えられている。例として、何冊か収録資料を紹介してみる。

飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ : 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記 / 井村和清著
東京 : 祥伝社, 1980.5
231p ; 18cm. -- (ノン・ブック ; 168)
たたかいはいのち果てる日まで : 医師中新井邦夫の愛の実践 / 向井承子著
東京 : 新潮社, 1984.7

 巻末には書名索引及び著者名索引も付いており、検索の便もよい。確かに出版年から7年も経過しており、これ以降に出版された闘病記はカバーできないわけであるが、それを承知の上で、アクセスツールの一つとして用いてみるのはいかがであろうか。

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