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2007.09.18

もう一度S.R.ランガナータン『図書館学の五法則』を読む

 図書館の存立基盤が問い直されている今、私たちにできることの一つに、「温故知新」ということがあるだろう。つまり、古典といわれているものから新たに栄養を汲み取って、現在の活動に生かしていくということである。今回は、図書館に携わるものならば多くが知っているであろう、インドの図書館学の父と呼ばれたS.R.ランガナータンによる『図書館学の五法則』を取り上げたい。まずは例によって書誌事項の紹介から行う。

  図書館学の五法則 / S.R.ランガナタン著 ;
  渡辺信一, 深井耀子, 渋田義行共訳. --
  東京 : 日本図書館協会, 1981.9
  425p ; 22cm
  注記: 監訳: 森耕一 ; 原著第2版の翻訳
  ISBN: 4820481053
  初版発表:1931

よく知られたとおり、S.R.ランガナータン(1892-1972)は数学者であり、図書館学者であった。マドラス(現在のチェンナイ)のあるタミル・ナードゥ州で生まれ、マドラス大学等で教鞭をとっていた。図書館に携わるようになったのはマドラス大学においてである。

 ところで、インドは多言語多文化多民族の国であり、タミルナードゥではヒンディ語ではなくタミール語が用いられている。ちなみに、インドでどのくらい多くの言語が用いられているのかの一端を、こちらのウェブ版新聞のリンク集でご覧いただこう。これはAbyz Newslinkというウェブページである。

 この『図書館学の五法則』で取り上げられているのが、よく知られた下記の5つの原則である。意訳をしてあるのでご了承願いたい。

1.資料は利用するためのものである(Books are for use)
2.それぞれの人に、その人にとって必要な資料を(Every reader, His or Her book)
3.それぞれの資料を、その資料を必要とする人に(Every book, its reader)
4.図書館利用者の時間を節約せよ(Save the time of the reader)
5.図書館は成長する有機体である(Library is a growing organism)

 ランガナータン当人には、帰納的にまとめられた原理から、図書館活動の現象が説明できないだろうかという考えがあったようである。各原則には実務の経験が盛り込まれているだけでなく、「現在行われていない、あるいはいまだ知られていないそのほかの多くの実務を含んでいる」(本書p.20)ものだということが述べられている。しかし、よく読みなおしみると、この本には、初版の発表から70年以上がたった21世紀に生きている我々にも良く分かる実例が随所に述べられている。

 例えば、第1原則「資料は利用するためのものである」に目を通してみる。利用者に図書館を使っていただくために、どの様な配慮が必要なのかを検討するために、図書館の立地や開館時間、家具、図書館員に必要な待遇や学識、図書館員のサービスに必要とされることなどが展開されている。「本の利用を教える」という、現在の情報リテラシー教育に繋がりそうな節も設けられている。

 第2法則「それぞれの人に、その人にとって必要な資料を」では、人がこの社会で生きていくためには知識の獲得が必要なことを踏まえながら、性別や居住地、その人の直面している条件(障害の有無、施設に入っているか否か、等)に関わらず、アクセスの保障が重要になることが論じられている。あわせて、その当時の世界各国の状況などが紹介されている。そして、「それぞれの人にその人にとって必要な資料を提供する」を実現するために、国の義務や図書館管理者の義務、職員の義務、利用者自身の義務が論じられている。

 第3法則「それぞれの資料を、その資料を必要とする人に」では、本をどの様に提供するのかという視点から、配架方法や目録のこと、レファレンスのことなどが論じられている。また、「拡張サービス」の節では、未識字者への朗読や、南インド諸言語での出版点数が少ないがための手書き本の翻訳資料の提供、図書館での催し物などのことが論じられている。

 詳細は是非皆さんで読んでいただきたいのだが、私が本書を何十年かぶりに再読して、この『図書館学の五法則』には現在の諸問題を考える上で有用な知恵が詰まっているのだということを再認識した。例えばこのサイトの別のページで取り上げている非正規雇用職員の問題にこの『五法則』の光を当てて考え直してみることも一つの方法なのだろうと考えている。また、この本にはサービスの実例として、児童のため、障害者のため、職人のため、新識字者のため、仕事に携わっている人のため、迷えるスペシャリストのためのサービスが論じられている箇所がある。現在も障害者サービスや多文化サービス、ビジネス支援サービスなど様々のサービスが各地の図書館により取り組まれているが、それぞれの人に必要な資料を届けるという視点から、図書館利用者のニーズにしっかりと応えるということがますます重要になっていくであろう。

 この『図書館学の五法則』の再読で、私が試みたことがもう一つある。それは、『五法則』を当時のインド史と少しだけでも良いから重ね合わせて読んでみたいと考えたことである。本書初版発表はご存知のとおり1931年である。1947年にインドはイギリスから独立するので、1931年とはそのような動きに向かってインド社会が様々な動きを見せていた時なのだ言えよう。また、現在でもインドは多民族多言語多文化の国であり、そのような状況をこの五法則と重ね合わせて読むことにより、また『五法則』から新たなる光が見出せるのではないかと考えたのである。これもまた詳細は是非皆さんで試してみていただきたい。昨今、インドはBRICSの一角として大変注目されているので、大きな書店には数多くのインド関係書物が置かれている。もちろん図書館にも様々なインド史の本が置いてある。私はその中で『近代インドの歴史』(ビパン・チャンドラ著、栗屋利江訳、山川出版社刊行)を脇において読んでみた。『近代インドの歴史』では、次のように記されていた

   民族主義思考のインド人が愛国主義や、経済、社会、政治
   に関する近代的な思想を普及し、全インド的な意識を醸成す
   るのに主たる手段は出版であった。19世紀後半に、大量の
   民族主義的な新聞が姿をあらわした…小説やエッセイ、
   愛国主義的な詩という形をとった民族主義的な文学も、民族
   意識を高揚するのに重要な役割をはたした…」(p.204)

 このような文言の後、インド各言語で言論活動を行った人々の名前がそこには記されていた。また、同書には当時のインド社会で教育の果たした役割の重要性についても指摘がある。ランガナータンの活躍した当時のインド社会の社会の一端がほんの少々だが分かったような気がした。もっとも一冊読んだから『五法則』のことが分かったなどとは言えないのであり、今後ともランガナータンのことは自らも含めて多くの人がもっともっと手がけていく必要があると考えている。

 21世紀初頭の日本。常世田良さんが2005年度JLA中堅職員ステップアップ研修で述べたように、日本社会は「自己判断自己責任」型社会へと向けて変わり続けていく。そして変わり続ける日本社会の中で情報の持つ役割は増えこそすれ、減りはしない。まさにこの社会の中で『図書館学の五法則』が新たに生き生きとした光を放つのだと考えている。

 一方で、残念ながら今回取り上げた『図書館学の五法則』は皆さんご存知のとおり新刊書店では手に入らなくなっている。「復刊ドットコム」がこの資料を取り上げているおり、多くの人が復刊の希望を寄せている。この取り組みが実り多いものになることを願ってやまないのだが、私たちは何も『五法則』の復刊を座して待つ必要はないのである。社会がそして図書館が荒波にさらされている今だからこそ、それこそそれぞれのお近くの図書館で、多くの人がもう一度この『図書館学の五法則』を手に取り直し、読み直してランガナータンが活動していた頃の状況と対話していただき、それを現在のそれぞれが活動する場に生かしていただければ、と考えている。

参考
常世田 良. “図書館と情報リテラシー”. 情報管理. Vol. 48, No. 12, (2006), 835-837
同 "情報リテラシー育成支援" JLA中堅職員ステップアップ研修資料 http://www.jla.or.jp/kenshu/resume2005-2/4.tokoyoda.pdf (2007/09/17確認)
ビパン・チャンドラ著、栗屋利江訳『近代インドの歴史』 山川出版社,2001

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コメント

この『図書館学の五法則』のオリジナルである"The Five Laws of Library Science"がインターネット上で読めるのだという情報をいただきました。URL等は下記のとおりです。Arizona大学による"Digital Library of Information Science and Technology"のページに収録されています。 情報提供ありがとうございました。皆さんも是非下記URLを訪ねてみてはいかがでしょうか。

The Five Laws of Library Science
http://dlist.sir.arizona.edu/1220/

この記事に対して、「はてなブックマーク」に多くの方が設定してくださいまして、ありがとうございました。「ある意味、いまなおランガナタンを消化しきれていないということでもあるなあ 」とのコメントもありました。確かにそのとおりかもしれません。しかし、汲めども尽きない内容があるからこそ「古典」と呼ばれるのであろうし、そこに立ち返ろうということになるのだろうと考えています。

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