東京の図書館をもっとよくする会
2008年4月12日
1.練馬区立図書館は2008年1月より「貸し出し履歴保存」システムを導入した。個々の本の資料番号にその本を借りた個人の利用者番号を結びつけた貸し出し履歴を、返却後一定期間(返却後、資料が2回貸し出された時、あるいは、貸出し後13週間が経過した時のいずれかが来るまでの期間)電算に保存することを開始した。ここ数年の切り取りや書き込みで誰が破損したのかをめぐり、窓口でトラブルになるケースが増えているため、記録を残すことにしたと館は説明している。
1月11日付け朝日新聞が「図書館の貸し出し履歴保存」のタイトルで報じた。このことをどう見るか早急に公表せよとの声が「もっとの会」に寄せられ、当時の段階で把握できたことにもとづいた「『練馬区立図書館貸し出し履歴保存』にかかわる見解」を1月13日に発表した。
その後、「もっとの会」は、2月5日練馬区立光が丘図書館を訪問し、直接に図書館からこのことの説明を受けた。それにより、事実もよりはっきりしたものになった。前「見解」の主張に変えるものはないが、以上のことを踏まえた新たな「見解」を表明する。
2.図書館の個人貸出記録は、資料を返却した時点で消滅するように設定されている。貸出記録を保管する期間が長くなれば、外部流出や図書館内外の圧力による漏洩・不正利用、裁判所の命令による貸出記録の提出など、個人の読書の自由が侵される危険性が増える。法律や条令が禁じようと、貸出記録の流出漏洩は現実に起きると想定しなければならない。しかし、貸出記録がなければそのような危険はなくなる。返却後速やかに貸出記録を消し去るのはそのためである。
練馬区立図書館の「貸し出し履歴保存」システムでは、返却後最長13週間(91日間)も貸出記録が保存される。返却後に貸出記録は残さないという原則から大きく逸脱している。このような場合に練馬区立図書館は、このシステムを導入することの必要性を利用者・区民に説明する責任があった。それによって利用者・区民はこのことの是非を判断することができる。しかし、練馬区立図書館は、利用者・区民の意見を聞かなかった。
私たちは、「貸し出し履歴保存」システムについて、資料保全にはほとんど役に立たず、利用者の反発と区民・図書館の間に相互不信を招くものであること、またそれにとどまらず、すべての図書館利用者を監視する性格を持つために個人の読書の自由を脅かすものであると考えている。もし、利用者の意見を事前に十分に聞いていたら、このようなシステムを作ることにはならなかったであろう。残念なことである。
3.私たちが危惧を持つひとつは、導入の目的とした資料破損の抑止にとどまらず、利用者が自由に資料を利用することの抑止につながることにある。「貸し出し履歴保存」システムは、全利用者の貸し出し記録を最長13週間返却後保存し、発見された破損資料から借受者を特定するために使用する監視装置である。中心館の練馬区立光が丘図書館長は、朝日新聞記事の中でも、また私たちが訪問した時にも「思想信条に触れてはいけないし、触れることはしない」と述べた。しかし、監視されている、あるいは、他人に知られたくないなどの不安を感じた利用者は図書館を利用しなくなったり、行政が快く思わない本を借りることを避けるということが当然に起きるだろう。「貸し出し履歴」の導入が何をもたらすのか、利用する人々の内面にも思いを致すべきであろう。
本を借りている間にも貸出記録は保管されるので、不安を感じる人は「貸し出し履歴保存」システムとは関係なく図書館を利用しないのではないか、あるいは、資料を借りている間の貸出記録からの情報漏洩も考えられのであって、「貸し出し履歴保存」だけに情報漏洩の危険があるのではないとの異見もある。これらの考えの背景には、「貸し出し履歴保存」は貸出記録を延長したに過ぎず問題とするには当たらない、との思いがあるように見える。私たちは貸出記録もまた危険であるとの認識を持っている。だからこそ、図書館は、貸出記録の保管を必要最小限に止め返却したら速やかに消去するという原則を守り、読書秘密の厳守を社会に誓約しなければならないと考える。このことは多くの図書館が行ってきたことである。
また、「貸し出し履歴」と貸出記録とは性格が異なることも述べておく必要がある。貸出記録は現時点の貸借を記録したものであり、危険であってもなくしてすませることはできない。図書館がその扱いに細心の注意を払い守秘することを前提として、社会的合意が成立している。しかし、「貸し出し履歴」は社会的合意がない。だから、導入したと言っているのは練馬区のほかにはない。
4.「貸し出し履歴保存」は、本に切り取り等が見つかった場合その確認の連絡に使用するということである。しかし、それならば返却して書架に戻すまでが限度であろう。誰でも手に取り利用できる状態に戻してから書き込みや切り取りを発見しても、誰が破損させたのか分かるはずもない。返却される本を受け取ったときに、きちんとチェックし、問題があればそこで処理するのが原則である。利用者が破損して使用できない状態にしたことが確認できたら、トラブルになろうと弁償させなければならない。トラブルを恐れ、職務を果たさなければ、書き込みや切り取りは増えるばかりである。
図書館ばかりでなく、社会的に物の貸借はそのように行われている。返却のときに受取っておきながら、後で(最長13週間後)蒸し返すのは、反発と不信を招くだけである。このシステムを実際の事務処理に使用するのは困難である。
さらに、このシステムが機能しないとした理由のひとつは、膨大な件数を図書館が確認のために連絡しなければならないことにある。利用者等によって破損汚損された資料数を練馬区立図書館は把握していない。それに代わるものとして、それを含む除籍資料数を提示している。それによると、02年1万9555点が06年3万6742点に増加している。少なく見積もっても、年間2万点について問い合わせの電話をかけることになる。実際にこれを行えば、ほとんど効果をあげない虚しい事務が膨大に生じる。
このシステムを活用できるのは、必要があれば「貸し出し履歴」使用すると威嚇して、破損を抑止・牽制する以外にない。資料保全に実効がないばかりか、図書館の姿勢として異常である。
本を利用してもらうには、きちんと本が整備された状態で維持されなければならない。そのためには、本を貸すときには破損していない本を貸し、本が返されたときはその場で異常がないかチェックして受取るようにするという、原則的な窓口対応を行わなければならない。本は区民の財産である。破損していれば弁償してもらう。その当然のことができなければ、切抜きや書き込みは増えるばかりである。図書館が行わなければならないのは、窓口対応の能力を向上させることである。
図書館が本の切り取りに困り、何らかの対策をと考えているのは理解できるが、実効がなく、かつ、利用者全体を敵視するかのような「貸し出し履歴」システムは再考すべきと考える。
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